「気づかない」のではなく「見ない」と決めているあなたへ ── 人生が詰まる構造の正体

抽象的な光の背景イメージ ツインレイ


では今日もブログを書いていきます。
この場所は、必死にツインレイの道を学び、自分自身に向き合い、
それでも現実が動かずに、立ち止まってしまっている、
進んでいるけど、どうしたらいいのか、わからない。
そんな方のための場所です。

癒しでも希望論でもない。私が「現場」を書き続ける理由

私のブログは、私が日々内省し、向き合っていくことで見えてきた、気づきをすべてブログに起こしています。なので、執筆が止まらない現象が起きていますが。

小さい出来事からでも、見えてくるものが山のようにあります。
それは、必ず点と点となり、本質に繋がっていくものがあります。

たとえ、その気づきは自分にとって痛いことも、もちろんあります。
ほぼ痛いことの方が多いかもしれない。

でも、気付く中で痛みがあるからこそ、そこに人の想いであったり、
感謝に繋がる背景も必ずあるわけで。

その時に気付けなくても、後になって
「こういうことだったのか」と
気付くことって、誰にでもあると思います。

ひとつ言えるのは、私のように書いているブログは皆無だと思っています。
こんなことを書き綴っているブログはないと思います。

私が見ている視点というのは、
・癒しでもない
・希望論でもない
・被害者救済でもない
・成功ストーリーでもない

「人生が詰まる構造」と「気づけない人の真理」が
ツインレイの道でどのように作用しているのか。

私が当事者であり、支援者でもあるポジションに立ち、今のツインレイ界隈やスピリチュアルの世界でも、このような視点で綴っているのは皆無かもしれません。

多くの人は、
・当事者すぎて感情に飲まれる
・支援者の立場を利用して上から語る
・スピリチュアルに逃げて美談にする
・優しさの皮をかぶって回避する

私はどれにも当てはまりません。
だからこそ、ブログの言葉の中に生命のエネルギーを入れて
言葉に出せています。

「人生が詰まる人」に共通する、見ないという選択

人生の先輩の人であっても、
人生に詰まってしまうパターンを見てきました。

それは、もう、
ツインレイとか年齢関係なく、
ツインレイは窓口でしかなく
相手は自分自身の内面の拡大鏡であって

ツインレイの人たちに問われているのは、
「自分の人生をどう生きるか、自分に嘘をつかず誤魔化さず
自分の人生をどう生き切るか」
それに尽きると思います。

言葉だけで見ると簡単に見えるかもしれない。
でも、ここをやっていくことは
自分自身に対する痛みや深さが伴うんです。

私が、このステージに立てていても。
やっとここに来ても。
ついて回るのは、日々自分の人生をどう生きるか。です。

現実を見ると言うことは、
・起きている事情を
・誰のせいにもせず
・美化も正当化もせず
・希望的観測もせず
・そのまま事実として認識する

これが出来ないと
・課題が視えない
・選択肢も見えない
・変えるポイントも見えない

結局同じ場所、パターンを繰り返し
詰り続ける。

ここがとても大切なところで
人生が同じパターンで繰り返している人の共通点は
「人生が詰まってしまっていることに、
考える勇気があるかどうか」


気づくかどうかは、才能ではありません。
見る勇気を、自分に許せるかどうかです。

人生が詰まる人、同じことを繰り返す人は
・問題がないから詰まるんじゃない
・不運だから詰まるんでもない

「見ない選択」を積み重ねてきた結果なんです。

「ちゃんと生きてきた」という自負が、変化を拒んでいる

そして
ちゃんとやってるっていう人ほど。
・家族のため
・世間体のため
・正しさのため
・我慢の積み重ね

「ちゃんとやってきた」という自負があるほど
今更違うと言えない
見てしまったら崩れる
という恐怖が強くなる。

だから
気づきの分岐点、気付く人と、気付かない人は
今の現実を見たときに、
・「だから仕方がない」で終わるのか
・「じゃあ私はどう生きたい?」と立ち止まれるのか

この一瞬の問いを
自分自身に投げれられる勇気があるかどうか。

これがツインレイの道の肝だと思います。
ツインレイの道じゃなくても。

「個人の私」として、です。

気付かない人は、
本当に「気づかない」んじゃなくて。

「気づきそうになった瞬間に、全力で目を逸らす」

これを無意識にやっている。
私はツインレイの彼から、まざまざと見せられました。

気付く人の入り口に立っている人は、とても苦しい。

私はすべて通ってきたので
こうやって言語化できるし、勇気の話までできます。

覚醒とは、泥臭い現実の中で「自分の人生」を生き直すこと

気付きは覚醒とも言いますが
本当の気づきは、泥臭く、そしてとても人間臭い。
そのかわり
自分の人生を成熟させてくれるもの。

ツインレイの道=人生を生き直す道
そこをやっていくのが
ツインレイの道の醍醐味なのかもしれません。