ツインレイ情報が「依存」になるとき|幻想から抜けにくくなる構造について

抽象的な光の背景イメージ ツインレイ


最近、ツインレイに関する長文テキストや有料記事を見て、
正直に言うと「これはまずい」と感じるものがありました。

内容を細かく読む前に、エネルギーとして重く、息が詰まるような感覚があったからです。

こうした文章に共通しているのは、情報量が非常に多く、「こうなります」「こう動きます」と未来が次々に語られること。

一見すると親切で丁寧ですが、読み進めるほどに、自分の感覚よりも“書かれている世界観”に意識が引き込まれていきます。

その結果、
「まだ足りないのかもしれない」
「もっと理解しないと抜けられない」
「ここまで来たんだから続けなきゃ」
そんな思考が生まれやすくなります。

そして、
待つこと、耐えること、
信じ続けることが正解になり、
自分の人生を生きる判断が後回しになる。

これは学びではなく、依存です。

これは学びというより、幻想から抜けにくくなる構造です。
特にツインレイの世界では、「統合後は現実が動く」「願いが叶う」といった前提が強く語られるほど、現実が動かない時に自分を責めやすくなります。

自己統合とは、本来、
何かを“知り続けること”でも、
誰かの理論に“当てはめ続けること”でも、
知識を増やして安心することではありません。

こうした情報に長く触れていると、
現実を見る力よりも、
「もっと知れば大丈夫」という安心感に依存しやすくなります。

ツインレイの彼がどうなるか、現実がどう動くかに関係なく、
自分の足で今を生きている感覚に戻ること

もし、ある情報を読んで
「安心するけど、同時に苦しくなる」
「前より自分の感覚が分からなくなる」
そんな感覚があるなら、一度立ち止まっていいと思います。

情報は、使うもの。
人生を預けるものではありません。

相手がどうなるか、
現実がどう動くか、
その答えを外に求め続けるほど、
私たちは自分の人生から遠ざかってしまいます。

もし、そのような情報に触れるたびに
違和感を感じ、苦しくなる、重くなる、
離れられなくなるのなら、
それは気づきのサインです。

あなたが悪いわけでも、
理解が足りないわけでもない。

ただ、そこは
もう必要のない場所になっただけです。

今の自分に合わないと感じるものから、
静かに距離を取ることも、大切な選択だと思います。



このブログでは、
相手軸や幻想から離れ、
「今を生きる感覚」に戻る自己統合について綴っています。

読んでくださって、ありがとうございます。