多くのツインレイ女性が、はじめて「ツインレイ」という言葉に触れて。
恋愛から始まるステージから、強制的に自分との対峙のステージに切り替わり。
精神世界の渦の中に入っていく体験は、壮絶といってもいいくらいのことだと思います。
「深く、魂に刻まれるほどの体験」ということは、いうまでもありません。
この道を歩んできて、痛みのほうが多かったと思っていますし、とにかく必死でした。
この9年間は、濃すぎるくらいの経験をしてきたと思っています。
よくも悪くも、ありとあらゆることを経験してきて。
地獄も見てきました。
命がいくつあっても足りないほどの体験で、よく抜けてきたと思っています。
ボロッボロになりながら、自分では立てないんじゃないかと思うほど。
暗闇の中で見えるのはただ一つの光だけ。
何も支えるものがない。
本当に怖かった。
その怖さは、ツインレイの彼を失ってしまうという怖さ。
必死に手放したくなくて、二人の関係が壊れるのが怖かった。
私は、その繋がりの光を信じて歩んできました。
だからこそ、ここまで進めてこれたといっても過言ではないです。
でもその反面。
その光に向き合うには、自分の闇と対峙しないといけなかった。
強烈に求め合うのに、強烈に照らし出し反発し合う。
ツインレイの彼との対峙は壮絶で、膨大な時間とそして歴史があります。
お互い頑固だったので、納得いくまで何日も話し合うことなんてザラでした。
光も闇も、綺麗事では書けないことがいっぱいです。
無条件の愛についても向き合って、そこから学んだ痛みを理解しなかったら。
今の私はここにはいなかったでしょう。
でも、これほど深く向き合った人はいません。
自分に深く向き合うきっかけを作ってくれたのは、ツインレイの彼でした。
この自己統合の道は、生ぬるいものではありませんでした。
自己統合の道は、私にとっては厳しいものでした。
私はスパルタだった気がしています。
ツインレイの道といえば自己統合、そこに尽きます。
自分の生き方そのものが問われる、
自分の弱さも、依存も、現実から目を背けてきた部分も、
全部自分で引き受けていく、そんな世界です。
この道を通ってきて、自分で立つしかなかったし、
闇の中で一人で立つ感覚が本当に怖かったです。
誰にも支えられない感覚、唯一の光、それは自分を信じることだけでした。
どんなことを読んで聞いても、自分の欲しかった答えにたどり着けなかった。
自分で答えを見つけるしかなかった。
だから自分で辿ってきた道を自分で深めていった。
どんなに癒したとしても、本当の気付きは現実からしか与えられない。
そこから目を背けることはできませんでした。
その現実をどうするのか。
その現実とどう向き合っていくのか。
たとえ、それが自分にとって痛い選択だったとしても。
逃げずに、誤魔化さず、自分で選んだことを引き受ける。
相手との境界線も引けるようになったこと。
その痛みも怖さも抱えながらでも、自分で立てるようになったこと。
気づけば、痛みを抱えながらも進めるようになっていた。
そして、自分を信頼し自分を生きられるようになり。
彼に依存せず、自分で立てるようになっていました。
深く流してきた涙がないと、ここには立てませんでした。
この道は。
彼を通して強烈に映し出される、自分の光と影を見ながら。
自分を取り戻してきた時間そのものでした。
相手の問題と、自分の問題を分けて考えられるようになったのも、
依存したままの関係では、ツインレイは成り立たないから。
相手を待ち続けたり、相手に自分の人生を委ねたりする関係は、
依存の関係なんです。
お互いの成長にならない関係は、結局いい影響も与えられないし、
私は、お互いが自立し合えた状態でなければ、
ツインレイの関係は成り立たないと思っています。
ツインレイは自己統合したから終わりではなく、
自己統合した自分で現実を生きること。
その培ってきた力を、社会の中で生かしていく。
現実に根ざして生きていくからこそ、
利他に広がり、誰かの役に立ち循環が生まれる。
人や社会との循環が生まれ、
この先で、宇宙と共鳴して生きていくことができる。
だから、自己統合は苦しみから抜け出すためのゴールではなく、
自分を取り戻し、人間に戻り、自分の人生を生き、宇宙と共鳴していくための土台です。
そして、自立した二人の未来が共鳴し合えたならば、
二人だからこそ生み出せるものがある。
それが誰かのためになり、社会との循環へと広がっていく。
その先に、より宇宙と共鳴して生きていく。
これは、私がツインレイの彼と出会ってから思っていたことです。
やっと言葉にできるようになり、こうして伝えられるようになりました。
ツインレイ女性が、
自己統合し自分の人生を生きられるようになることを、心から祈ります。