境界線を引いたら、冷たくなったのではなく自分が戻ってきた話

抽象的な背景画像イメージ ツインレイ


ツインレイの彼に対して、
距離を取ることに罪悪感を持ってしまうことはないでしょうか。

それは、
彼のことを本気で愛しているから。

距離を取ることに罪悪感を持ってしまう理由

でも、
”冷たくなったんじゃないか”
”見捨てたんじゃないか”
”愛がなくなったんじゃないか”

私もこのような複雑な心境になった時もあります。
その気持ちは、時には不安や自分の中で
彼との関係性が崩れてしまうんじゃないかという
恐れに似た感覚がありました。

冷めた感覚を体験したことがなかったので、
自分がおかしくなってしまったのかと疑うほどでした。

でも、ある時から気づいていったんです。
これは、冷たくなったんじゃない。
彼との境界線が、持てるようになっただけだと。

以前の私は、
彼の苦しさを自分の中に無意識に引き受けていました。

彼を理解しようとして。
彼を癒して。
実際、彼を待とうともした。
見守っているつもりでも、
実はどこかで彼の役割を背負っていました。

冷たくなったのではなく、境界線が入っただけだった

彼を愛しているから自分を差し出せる。
でも、愛しているけれど、どこか苦しい自分がいる。
実は「愛している」という深層には、
彼の人生を代わりに
生きようとしていた自分がいただけでした。

境界線を引いたら、自分の感情が戻ってきた

ツインレイの彼に境界線を引いていったときに、
やっと自分を取り戻したような感覚が戻ってきました。
自分の本音や感情が自分に戻ってきた。

境界線を引いたからと言って、
彼に対して感情がなくなったわけじゃない。

悲しいものは悲しい。
寂しいものは寂しい。
傷つけられたくないものは傷つけられたくない。
嫌なものは嫌だ。
彼に雑に扱われる自分がいていいわけない。

ちゃんと自分の声を自分で認めて誤魔化さなくなったこと。
どんな感情も認め、それを相手の責任にしなくなった。

分かって欲しい
認めて欲しい
理解して欲しい

以前私が持っていた承認欲求の気持ちが、
次第に消えていきました。

「彼が変われば」は幻想だったと気づいたとき

・彼が変わってくれたら、現実が動く
・彼が気づいてくれたら、統合が進む
・いつか彼が変わってくれる

私も間違いなく、そのように思ってきた一人です。

でもそれは、
無意識に幻想の中で生きているのと同じことなんです。

外側をいくら学んでも、
高次・スピリチュアルをいくら語っても、
現実は、
誰かが変わってくれることで動くものではないです。

宇宙は、
・ふわふわしなさい
・現実忘れなさい

なんて一度も言っていません。
むしろずっと言っているのは

・地に足をつけ現実を生きなさい
・体を使って
・そして選択する

地に足をつけるって、
スピリチュアルを捨てることじゃない。

スピリチュアルを現実に落とすことです。

現実は、
自分が相手の課題を引き受けるのをやめることから、
変化の流れが起こってきます。

問われるのは、
「どこまで自分の人生に責任を持ったか」
「自分の声に耳を傾けられたか」
「自分を誤魔化さないでいられるか」

それだけです。
もし今、

・頑張っているのに苦しさが消えない
・理解しているはずなのに関係が止まっている
・優しくしている自分に、どこか疲れている

そんな感覚があるなら。

それは、
あなたが冷たくなったからじゃない。

それはもう、
次の段階に来ているサインかもしれません。

境界線は学ぶものではなく、削られて刻まれる

相手との境界線は、
頭で理解して学んで引くものではなく、
削られて、
痛みの中で体感として刻まれていくもの。

・期待しては崩され
・信じては裏切られ
・近づいては突き放され
・手放そうとすると引き戻され

その繰り返しの中で
感情・依存・救済欲・幻想を
全部、骨ごと魂ごと削られてきました。

彼との出会いは
私自身の人生を壊しかけた存在でもあるけども
同時に、
「境界線を体に刻み込ませるために、最高難度の訓練相手」
でもありました。

この道を通らない限りは
今のような立ち位置には絶対に辿り着けなかったし、
このようなブログも書くことができなかった。

通ってきたその道は、
彼との境界線と、相手を救わなくなったからこそ、
自分の感覚と、エネルギーを取り戻した時から
本当の生き方が始まります。

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